没後60年、江戸川乱歩。その名前を持つ文学賞受賞作品5選
6月になりました。梅雨の季節ですが夏並みに気温が高くなる日もあり、もはや梅雨は明けたというニュースもちらほら……。
この時期に注目される文学賞としては、毎年6月頃に受賞作品が発表となる江戸川乱歩賞が思い浮かびます。
江戸川乱歩は探偵小説を多く残しましたが、そんな乱歩が寄付をして創設されたのがこの賞です。
2023年に作家デビュー100年、2024年に生誕130年、そして今年没後60年を迎えた江戸川乱歩。記念イヤーが続きさらなる注目を集めていますが、そんな作家の名前を持った文学賞の受賞作品にも注目作がそろっています。
公募文学賞ですので、有名作家のデビューがここだったことも! また、今後に注目したくなる作家も多いので、ぜひチェックしてみてください。
「江戸川乱歩賞」って?
江戸川乱歩が寄付し、それを基金として日本推理作家協会(以前の日本探偵作家クラブ)によって設立された賞です。探偵小説を奨励するのが目的で、数多くの推理作家を発掘しています。通称「乱歩賞」。
講談社やフジテレビが後援となり、受賞後も作家の育成や作品の刊行など、強いバックアップがあるのが特徴です。そのため、公募新人賞の中でも、のちのちまで活躍し続ける作家が輩出されていくという傾向があります。
募集要項や結果発表などは、江戸川乱歩賞公式サイトをチェック!
第68回江戸川乱歩賞受賞『此の世の果ての殺人』 荒木あかね・講談社(2022)
【あらすじ】
小惑星「テロス」。それが日本に衝突することがわかり、世界中が大混乱に陥ります。パニック状態の世界の中で、小春はただ黙々と自動車の教習を受け続けていました。ある日の教習で、教習車の中から女性の死体を発見してしまいます。小春は、元刑事で教官のイサガワと一緒に、この世界最後の謎解きに挑みます。
世界の終わりが迫る中、日常的な教習の風景と、人々の逃亡と死という、ある意味ミスマッチな情景から始まる物語です。設定からすでに絶望的なのですが、それでも日常を見失わずにいる姿に、きっと強さをもらえるでしょう。
おすすめポイント
この作品は、バディものの推理小説を読みたい、または、日常のなかの大切なものを見つけたい、という方におすすめです。
世界は極限状態に陥り、自分の身の回りでも家族がいなくなっていくという状況で、小春はイサガワとともに自動車免許の教習を続けています。
教習の風景はじつにおっとりとしたもので、本当にこの世の終わりが近づいているのかと思うような空気感なのですが、教習車での二人の会話が進んでいくと、その空気も一変します。
ちょっときついと思えるようなシーンもありますが、読み進めていくのを後押ししてくれるようなしっかりとした筆致なので、きっと最後まで読み切ることができると思います。
読書時間目安:6時間~7時間半程度(368ページ)
※ページ数は、単行本でのページ数です。
『此の世の果ての殺人』は、2022年の第68回で受賞しました。選考委員満場一致で、史上最年少での受賞となりました。メディアでの紹介も多く、数々のミステリランキングでも注目を集めています。
第66回江戸川乱歩賞受賞『わたしが消える』 佐野広美・講談社(2020)
【あらすじ】
元刑事の藤巻は、ある日、交通事故に巻き込まれてしまいます。軽い事故でしたが、念のため受けた検査で認知症であることを告げられます。妻は亡くなっているし、大学で福祉を学ぶ娘にも迷惑はかけたくない……。そんな藤巻の前に、その娘がやってきます。実習先の施設にいる、認知症の老人──「門前さん」の身元を突き止めてほしい、と。
認知症になってしまった藤巻。自分の未来の姿と言えるかもしれない認知症の老人「門前さん」の身元を調べるうちに、大きな陰謀に巻き込まれていきます。切なさもエンタテインメント性も一級品の作品です。
おすすめポイント
この作品は、ゾクゾクするような作品を読んでみたい、という方におすすめです。
謎が明かされていく過程が楽しいのが推理小説ですが、この作品は、最初は地味な謎なのにどんどん深くなっていくタイプの謎解きが楽しめます。
おすすめの仕方は「ゾクゾク」するような、としましたが、じつは「切なさ」も兼ね備えたミステリー。認知症をテーマとした物語なので、いろいろなものが失われた先に何が残るのかを考えてしまうかも……。
文体は飾らないシンプルな雰囲気です。藤巻の人格が出ているかのような、落ち着いた流れで読み進めていくことができるので、小説自体が初めてという方でも気後れすることなく読み終えることができると思います。
読書時間目安:7時間半~8時間半程度(432ページ)
※ページ数は、文庫版でのページ数です。
『わたしが消える』は、2020年の第66回で受賞しました。文庫版には、前日譚に当たる「春の旅」も収録。著者は1999年にも第6回松本清張賞を受賞しています(「島村匠」名義)。
第39回江戸川乱歩賞受賞『顔に降りかかる雨』 桐野夏生・講談社(1993)
【あらすじ】
親友のノンフィクションライター、宇佐川耀子が1億円を持って消えた……。その共犯を疑われた私(村野ミロ)は、1億円という大金を預けた男・成瀬とともに、親友の行方を追うことになります。二転三転する事件の真相は?
物語の舞台は、まさに梅雨の季節です。繊細な主人公の再生と、徐々に真相に近づいていくミステリーならではの展開がともに描かれていくので、ミステリー初心者でもぐっと引き込まれてしまう魅力があります。
おすすめポイント
この作品は、切ない物語を読んでみたい、という方におすすめです。
雨の季節らしく、全体にしっとりとした雰囲気が漂っている作品です。無気力に生きている主人公が、どのように再生していくのかも注目してほしいと思います。
最初、夢を見ているシーンから始まるのですが、この入り方もこの作品らしさを裏打ちしている気がします。儚さやもろさといったものを感じたいなら、ぜひ読んでみてください。
全体として描写が丁寧で、どのような情景か、どのような心境かなど、読者側もいろいろなことを細かく想像することができます。文庫本でも500ページ近くとやや長めですが、雨の日のおこもり読書にはとてもいいのではないでしょうか。
読書時間目安:8時間半~10時間程度(496ページ)
※ページ数は、文庫版でのページ数です。
『顔に降りかかる雨』は、1993年の第39回で受賞しました。この村野ミロを主人公とした物語はシリーズ化されており、続編に『天使に見捨てられた夜』『水の眠り灰の夢』などが刊行されています。
第31回江戸川乱歩賞受賞『放課後』 東野圭吾・講談社(1985)
【あらすじ】
生徒指導の教師が更衣室で死んでいた……。死因は青酸中毒。犯人候補は一人だけではなく、先生を旅行に誘う生徒、頭脳明晰な剣道部の美少女、先生をナンパする生徒など、続々と浮上してきます。そんななか、運動会で第二の殺人事件が!?
【5月のブックガイド】でも取り上げた東野圭吾のデビュー作です。学校を舞台とした青春推理小説ですが、その内容はけっこう怖い……!? 先月はほっこり系の東野圭吾をおすすめしましたが、がらりと雰囲気の変わるこちらの作品もぜひ!
おすすめポイント
この作品は、人間の怖さがにじみ出ているミステリーが読みたい、という方におすすめです。
人間こそが一番怖いという、いわゆる「ヒトコワ」のジャンルに入りそうなくらい、人間関係がハードです。
いつ、どんなきっかけで、誰から恨まれるのか。自分では忘れてしまうような些細なことで逆鱗に触れることもあるという、日常に潜む怖さを感じることができます。
上記で紹介した『顔に降りかかる雨』と同じく、テーマのひとつは「女性」です。しかしベクトルはまったく違います。主人公の教師・前島は、事件の真相にどのような結論を下すのでしょうか……?
東野圭吾作品を最近読み始めた人も、昔から読んでいる人も、ぜひ読んでみてくださいね。
読書時間目安:6時間~7時間半程度(353ページ)
※ページ数は、文庫版でのページ数です。
『放課後』は、1985年の第31回で受賞しました。本作がデビュー作となった東野圭吾は、日本推理作家協会賞や直木賞を受賞するなどして、推理作家として人気を博しています。
第15回江戸川乱歩賞受賞『高層の死角』 森村誠一・講談社(1969)
【あらすじ】
巨大ホテルの社長が、外と中の扉を二重に施錠された密室の中で殺害されます。捜査上に犯人として浮上してきたのは社長の秘書でした。しかし、彼女には完璧なアリバイがありました。事件当夜、この事件の捜査員である平賀と一緒に過ごしていたのです……。
ミステリーの醍醐味でもあり王道でもある、アリバイ崩しが楽しめる作品です。「アリバイ」とは、「現場不在証明」とも言われるもので、「犯罪が起こった日時には別の場所にいた」ということを示します。犯人の鉄壁のアリバイをどのように崩すのか、ぜひ読んで確かめてみてくださいね。
おすすめポイント
この作品は、古典的なミステリーを読みたい、という方におすすめです。
アリバイの矛盾を突いて犯人を追い詰める「アリバイ崩し」は、ミステリーの見せ場のひとつ。緻密な計算のもとに仕組まれた犯罪を解き明かすのは、まさにミステリーの楽しみといえるでしょう。
本文に入る前に、ホテルの見取り図が掲載されているので、読者も一緒になって謎解きに挑むことができます。
ミステリー作品のなかには、本作のように現場の見取り図や乗り物の時刻表、人間関係の相関図などが掲載されていることがあり、読者も与えられた情報を元に推理を楽しめます。
江戸川乱歩賞のなかでもかなり初期の受賞作品なので、文章の中にも昭和らしさや古風な感じが見られます。上品な文体で、すらすら読んでいけるので、昭和の文学に親しみたいという方にもおすすめです。
読書時間目安:5時間半~6時間半程度(336ページ)
※ページ数は、文庫版でのページ数です。
『高層の死角』は、1969年の第15回で受賞しました。密室のトリックのあとに鉄壁のアリバイが立ち塞がるという構成を持ち、1977年・1983年・2003年の計3回テレビドラマ化されています。
江戸川乱歩の記念の年に、乱歩賞のミステリーを楽しんで!
今回は、江戸川乱歩賞の受賞作品を5つご紹介しました。
長い歴史のある賞なので、ほかにも受賞作品はたくさんあります。現在でも新たな受賞作が発表されている賞ですので、今後の受賞作を楽しみに待つこともできます。
また、江戸川乱歩本人の作品も、ぜひ楽しんでみてください。それに続いて、名前の由来となったエドガー・アラン・ポーの作品を手に取ってみるのも楽しいかも……!?
この機会に、ぜひいろいろな作品に挑戦してみてくださいね。